渡辺カケルのブログ

ギター弾き語り

詞と詩について

こんばんは。文章を書くとアタマがすっきりするときがあるので、たまにこうして書きたくなる渡辺です。今日は「詩」と「詞」について今更かよという考察を書きました。

f:id:kakeru-web:20170523220928j:plain

例えば大衆音楽で口ずさむ「歌詞」と詩人が紡ぎだす「詩」は何が違うのだろうか。という疑問を改めて考えてみようと思う。今の段階では単純に歌うことを前提として作られたものが歌詞で、個人が読む前提で書かれたものが詩であるという解釈で理解している。しかし自分の創作のためと思い、少し前から、戦後詩というくくりの中の「荒地派」と呼ばれる詩人たちが書いた詩を読んだりしているのだが、それらの「詩」が持つ言葉のリズム感に驚くことがよくあって、それが非常に音楽的なのが気になっていた。歌詞も詩も結局はどちらも音楽にたどり着くのではないかと、ただし同じ音楽といっても、歌詞はやはり大衆音楽になるために生まれたもので、詩は大衆音楽にもなりえるが、それよりももっと個人的なもの(読む人によって違うもの)にもなりえる。

新明解国語辞典でそれぞれの意味を調べてみた。

【歌詞】歌謡などの。ふしをつけて歌うための言葉。

【詞】①ことば。「詞章・誓詞・賞詞・祝詞」②中国の韻文の一体。「宋詞(ソウシ)」③文法上の一体。〔狭音訳〕

【詩】①〔文学の一形態として〕自然・人情の美しさ、人生の哀歓などを語りけるように、また社会への憤りを訴えるべく、あるいはまた、幻想の世界を具現するかのように、選び抜かれた言葉を連ねて表現された作品。②「漢詩詩経」の略。 

やはり、歌詞は歌うために作られた言葉であることがわかる。歌ったときの気持ちの良い語感を重視するともいえる。一方、「詩」はそれがすでに文学作品であって、その読み方は読者に委ねられている。先に「詩」は歌謡曲としての「詞」にもなりえると書いたが、それはフォーク歌手の高田渡さんを筆頭に盛んに行われてきた。しかしその「詩」をどう読むのかは人それぞれなので、歌ってしまうと形を与えてしまうことにつながり、それは誰もが喜ぶことではないかもしれない、というところまでは想像がつく。しかし「詩」は音楽を与えられることにより、さらに遠くに飛ぶことができる。

よって「詞」はもちろん、「詩」も同様に音楽に流れ着く。作者が「詩」として発表したものが「詩」。作者が「歌」として発表したら「歌詞」ということかしら。

別のアプローチとして、それらの言葉の成り立ち「詞=ごんべんに司る」と「詩=ごんべんに寺」を調べてみると何かわかるかもしれない。

とりあえず今日はここまで。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明日はローランドゴリラで演奏します。気軽に遊びに来てほしいです。

5月24日(水)

札幌ローランドゴリラ

「Impulsive」 19:30オープン 20:00スタート

¥1500 1dr付

出演 薄野真音会/YASU/シューイチ・ヴィシャス/てっぺん藤井/渡辺カケル