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読書

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読書は著者と読者の会話である。あるいはそうあるべきものである。

「生きるということ」P59 著:エーリッヒ・フロム 

この言葉に出会ってから、著者との「会話」を意識するようになった。初めて会話のような感覚を味わったのは、2年ほど前。

それまで哲学の本を自分が好んで読む日が来るとは思ってもいなかった。哲学なんて自分とは無関係だと思ってきた。しかしほんの興味本位で当時の職場の同僚がおすすめだと言っていたヴィクトール.E.フランクルの「苦悩する人間」を借りて読んでみた。何度読んでも何度読んでも書いている内容が頭に入ってこない。たったの一行見逃すと、次の行を理解できない。難しい。時間をたっぷりとかけて丁寧に丁寧に文字を追っていった。一章読むのにどれだけ時間をかけたかわからないが、フランクルが言う内容をぼんやり理解できるようになってきた。それから少しずつ読むのが楽しくなっていった。自分の頭の中にある、ぼんやりとした「考え」というか「経験」に言葉がつけられていくような気がした。それらぼんやりとしたものを言葉で理解すると、頭の中で消化したようにクリアになる感覚を覚えた。しかし「苦悩する人間」は完全に読み切ったとはお世辞にもいえず、理解するまで借りていると時間がどんどん過ぎていってしまうのでお返しした。

さきほどの「感覚」だけを頼りに、自分で哲学の本を買ってみようと思い書店へ行った。書店の哲学書のコーナーは狭かった。その中でフロムの「生きるということ」を買った。そして読み進めるうちにその「感覚」に「会話」という言葉がつけられた。詳しく言うと「内的に参加する読書」は「著者と読者の会話」ということだった。今はフロムの本ばかりを読んでいるが、いつかもう一度「苦悩する人間」にチャレンジしようと思う。

 

冬らしく寒いですね。みなさま体を壊さぬよう。