読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

渡辺カケルのブログ

心が動いた出来事をつづります

春の爪先

相も変わらず  また今日も

現実逃避の夢をみて

春の爪先

つかまずに

日がな一日

ぼさっと消費でもう深夜

豆電球の明かりを消して

それでは諸君

また明日

冬眠/目覚め

冬眠

深い緑の季節もあと少し

小雪の近づくころまでに

布団を被って寝るとしよう

世間様からの連絡も

しばらく留守としておいて

地球のみている夢をみに

眠りを介して出かけよう

 

目覚め

朝、カーテンが取り逃がした

柔らかい陽光の粒子は

目蓋をも透かして

私の頭の中を照らしたよ

窓を開けると

いくつかの春が顔にあたった

思い立ったので、「カレハの虹/想像力」ユーチューブにアップロードしました

おしらせ

www.youtube.com

 

www.youtube.com

戦後詩を葬るために、ここから始める

ひとりごと おしらせ

www.youtube.com

www.youtube.com

日本語を取り戻すために音楽家はなにができるだろう。現代詩の世界と日本語を扱う歌の世界はともに、同じところに向かって歩いて行かなければならないと思う。出発地点は戦後詩から。歌い手として戦後詩にできること、それは歌い継ぐことだけ。ただ、紙の上に封じ込まれたそれらの言葉を剥がしていくことにはやはりまだ躊躇いはある。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

今日は歩いていけるくらい近所にある稲荷神社に初詣に行った。詣でる前に、そもそも稲荷ってなんだと、これまで疑問にも思わずいたので事前に調べてみた。すると稲荷とは狐の神様で、本来は穀物(や野菜も?)の豊作を祈るために祀られたった神様なのだという。狐が神聖な動物として扱われていたのは何となくわかる。日本の昔話には狐に化かされる話しは多くある。八百万の神への信仰心の一端が今でもどうあれ形として残っている。「残っているんだなぁ」と、それくらいの感覚しか持つことはない。それがなんだか悲しい。

狐の話しは、昔話ではないけど、少し前に読んだ梨木香歩さんの「家守綺譚」の中で語られた物語が印象的で好きだった。